はんぶんこ

 丹波新聞 「ママちゃん先生の診察室から」2020年11月8日

わたしが研修医だったころ、救急車で高齢の女性が運ばれてきた。はあはあと息苦しそうでべったり冷や汗をかいている。急性の心不全だった。緊急入院し治療を開始すると、ほどなくして呼吸苦は消えた。それでも、急に心不全になった原因を検査して治療をするため入院は続いた。今まで病院にかかったこともなくお元気に過ごしていたというその人は初めての入院生活は楽しいと言って、すぐに4人部屋の人気者になった。そしてわたしが回診に行くといつもアメちゃんをくれた。

 心不全は心臓がなんらかの原因で悪くなって起こるのだが、その人の生活も大きく影響する。一つは塩分の摂りすぎ。日本人は塩分の高い食事をとりがちだ。塩分の摂りすぎは血圧があがるし腎臓にも悪い。二つ目は温度差。冬の木造の日本家屋は家の中での寒暖の差が大きい。これらで急激な血圧変動をきたし、心不全や脳梗塞・心筋梗塞をひきおこすことがある。洗面所やトイレにはストーブを置いたり、食事は塩分控えめを心掛けることは大切だ。

ご飯を食べる時間がないわたしを心配してくれたその人は、差し入れの有名駅弁をきっちり半分にわけてわたしにおすそ分けしてくれた。

「だいじょうぶ。はんぶんこやから塩分も半分。先生の分は触ってないから早よお食べ。」

 ありがたく頂戴したのは言うまでもない。


 そのときいただいた駅弁は、福井のカニ弁当でした。

 十数年前、この方の治療は開胸して行う大きな手術しか方法がありませんでした。高齢だったので手術を行わず入退院を繰り返したあと亡くなりました。それでも十分天寿を全うされたと言える年齢でしたが、今ならもっと侵襲性の低いこの方に合った治療法があるのに…。と残念に思います。

医学はそして医療はどんどん進化しています。

たぶんいつか、コロナもインフルエンザくらいありふれた疾患になるのでしょうね。